近畿学校保健学会

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 近畿学校保健学会へのそのときどきの想い それぞれの立場からみた50年のあゆみ
 

学会発足から現在までの近畿学校保健学会の組織・制度の変遷とそれへの想い


堀内 康生


I. はじめに
近畿学校保健学会が発足して50年が経過しようとしている。50年は100年を単位とすれば、丁度分岐点に位置している。人生80年とすれば2/3を経過している。たいへん長い時間の変遷について振り返る作業となる訳であるが、私が実際に体験したのは最近の10年程である。従って、その歴史の大半は残された資料によって推測することになる。歴史的に概観すれば、新制大学の発足は昭和24年であり、戦後の残影がなお続く、昭和29年に第1回大会が開催されている。やがて、日本は高度成長期を経て、高度産業社会へと進展することになる。20世紀が終わり、21世紀が始っている。年号も昭和から平成に改められ、既に15年が経過している。これほど長い時間に渡って、体験のない本学会の組織と制度の推移について、どこまで正確に、当時の状況を記述できるのか、はなはだ心もとない想いが先行するのであるが、細部については、会員の方々のご叱正をいただくことにして、私なりの想いを述べさせていただく。

II.組織と制度
1.近畿学校保健学会設立から揺藍期まで(1954〜1974)
近畿学校保健学会の設立当初は近畿各府県の代表の先生がそれぞれの理想を持ちながら、持論を沸騰させている様子が偲ばれます。1953年に作成された会則は1958年、1961年、1962年、1964年、1974年にそれぞれ修正されている。組織は会長、副会長各1名、評議員、幹事が若干名となっている。会長、副会長は評議員の互選で、幹事は会長の指名で選出されている。また、事務局の設置場所、役員の任期についても度々修正されている。1974年の会則では事務局が学会会長の所とし、副会長が複数となり、役員も会長の指名とされている。従って役員の任期は1年である。学会としては創世期に当たり、教科「学校保健」をどのように進めるかについては各地区の代表が基盤とする研究領域による見解の相違が互いの情熱を衝突させ、議論が展開される熱気が伝わってくる。1954年からの10年間は保健教育に対する共通の理解を模索する状況が続いており、保健学習の担当できる教師の養成を目指して、保健と体育を分離した免許状により保健学習と健康指導を実践する健康教育の実現が議論されている。所で、学校保健の前身は学校衛生であり、養護教諭も学校看護婦から名称変更され健康教育者に組み入れることが議論されている。一般市民の生活環境に対する理解のレベルも高いとはいえず、研究報告では学童についても結核や細菌感染、駆虫などの問題が取りあげられている。しかし、第4回の大会からは演題数は30前後と多くなり、学会誌も発刊されている。次の1O年間は日本が経済的な発展を体験する時代であり、物質的な豊かさとともに公害問題が表面化した。学童の健康問題としては肥満や交通事故・喘息などがクローズアップした。

一方、学校保健学会としての活動が学童の健康教育に反映されていない現実を前にして、大学の研究者と現場の教育者の葛藤とジレンマが保健科教育の無力感として語られ、新たな挑戦の決意が述べられている。組織的には養護教諭・学校医などが健康管理を担当し、保健体育教諭・保健主事などが保健教育を担当する住み分けが続いており、近畿学校保健学会がこれを組織化することができていない現状が述べられている。

2.近畿学校保健学会の新生期(1975〜1985)
1978年に学会組織検討委員会からの基本案が提示され、1981年の大会において改正案が承認されている。主な改正点は幹事の中から幹事長1名を選出すること、一部を常任幹事とすること、任期を2年とすることに改められている。また、事務局は幹事長の所に置かれ、学会の組織運営がー元化されている。学会の年会費が1000円から3000円に増額され、学佼保健に関心を持つ、幅広い層からの新しい会員の募集が行われている。この時期、学会運営費はほとんどない状態で、会費の前納が呼び掛けられている。しかし、第29回(1982年)の会長は正会員がゼロに近いことを懸念されている。その中で第30回(1983年)大会では300名を超える参加者があり、演題数も30題前後の推移を示している。年次学会長のコメントでは「学校現場に反映する学校保健」を取りあげ、養護教諭の活動課題がシンポジウムで議論されている。我が国の国民所得は上昇を続け、食生活も改善されたが、一方で、発達加速とともに体力の低下や性教育、不登校などが問題とされている。また、コンピュータ学習が開始されている。近畿地区でも学校教育の中で、各府県による学校保健の位置づけに大きな差があり、会員の意識も落差のあることから、学会運営の困難なことが述べられている。その中で一元化された組織のもとに会員の固定化に努力が払われている。会員数は230名と報告されている。

3.学会確立のための模索期(1986〜現在)
1986年に幹事長の交代が行われ、1991年に役員の選出規定が策定、実施された。この中で幹事の選出規定が示され、現在もこれに従って選出されている。会員数は次第に増加し、1992年には300名となっている。戦後30年を経過し、もはや戦後ではないと言われるようになった。産業構造は次第に高度産業社会へと移行して行く。健康教育の問題では非行やいじめ、小児成人病が表面化したこのような状況を反映してウエルネス・ムーブメントとしての学校保健が取りあげられるようになる。この流れは生涯学習としての健康へと推移して行く。しかし、1992年の時点で、学校においては第2の教育改革が進められつつあり、健康教育・健康管理活動が学校教育の中に正しく位置づけられようとしている状況であった。その後1992年、1996年、2002年に幹事長の交代が行われた。近畿地区は広く、学校保健に取り上げる問題も位置づけも異なっている。その中で歴代の幹事長は各々学会の発展のために誠心誠意の努力をされ現在に至っている。言うまでもなく、本学会は地方大会である。その後の社会構造の変化とともに、変貌する健康問題をめぐって、年次学会長は地域を意識した、健康教育に対する住民の期待の大きさと現場教育の対応のギャップを解決する方法をめぐってテーマ設定に苦慮することになる。依然として、年次大会の参加者は評議員が中心であり、教育現場からの新入会員の増加が待望されている。核家族化・少子化が進むとともに、この数年間、健康管理や保健指導の個別化がクロ一ズアップされ、健康教育の推進をめぐって、大学教育課程では保健科が保健体育に再編成された。その一方で、養護教諭の保健授業担当が公式に認められ、実践指導が期待されている。養護教諭がこの任務を果たせるかは教育系大学の養成教育を含めて、今後の課題となっている。看護系大学もまた、この分野に参加し、切磋琢磨の競合が必要であろう。いずれにしても、本学会が設立当初に想い描いた、現場教育にフィードバックのできる研究テーマについて研究者と現場の教育担当者が連携可能な健康教育の確立に向けて、幅広い分野の会員が子供の健康増進について論議し、地域住民の健康意識に大きな影響を持つ学会に発展させることを目指さねばならない。学会の組織は財政的にも、会員数でも危機的な状況が続いており、本学会の発足当初のような会誌の再発刊も含めて、上昇の機運を見い出すための智慧と努力が会員相互の課題となっている。

III .おわりに
近畿学校保健学会50年の推移を組織と制度の面から概観した。ほんの数頁の中に50年という歴史を凝縮させることは私の力の及ぶところではない。長い時間経過の各時点で健康教育の発展に精魂を傾け努力された結果が現在に繋がっていることは言うまでもない。その時々の知恵と努力によって組織と制度の修正が繰り返し行われてきたことは記述した通りである。時の経過とともに、社会構造が変わり、人々の暮らしが変わった。こうした変化の影響を最も大きく受けるのは子どもである。環境の変化や医療技術の進歩により、健康観も変化した。本学会の初期の頃の集団指導は個別指導の時代となった。疾病構造も大きな変貌を遂げた。学校における健康教育と健康管理は専門知識なしには保護者の要求を満たすことができない時代となっている。現場の教育者にとって、絶えず新しい知識や技術についての情報が必要な状況が起こっている。現場の教育者が本学会に参加することが常識となる時代の到来を熱望している。そのために必要な措置は何かについて、熱い議論の起こることを期待している。

稿を終わるに当たり、最初に述べたように資料による推論が、当を得ていない部分が多々あるかと考えている。ご叱正、ご修正を願う次第である。

 

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