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第42回近畿学校保健学会印象記(2)
神戸大学発達科学部附属明石中学校 養護教諭 五十嵐 裕子
当日は、中国ハイウェイバスで会場へ向かいました。「社バスストップ」に着いた時、まず「来て良かった」と思いました。家の周囲の殆どが全壊状態の東灘区(神戸市)から来た私は、のどかな播磨平野の田園風景に、感激しました。それまで、同じ県内でも被害に大きな差が有り、何事もなかった所を見ると、つい何で自分たちの所だけがあのようなことに、とみじめな気持ちになることがありました。今日は素直に喜べました。兵庫教育大学の広い構内はゆったりとしており、学会会場としては最適でした。震災による交通の不便さを忘れさせ、快適に一日を過ごさせていただきました。
学会印象記は、自分自身の学会の参加のありかたから述べさせていただきます。私が、初めて出席したのは第18回でした。8月末だったので、学校は夏休み中、そして1学期の一番忙しい時期を終え、2学期に何かをと思っていた時でした。心をときめかせて参加しました。以来、ここで何かが変わる、何か新しいものが得られる、正しいと思っていたことも時には見方を変えてみる必要があることなど、受け身の参加であっても、気持ちだけはそうではありませんでした。しかし、そのような参加ではだんだんもの足りなくて、自分も発表しようと思いました。発表するためには、一人よがりではいけないと思い。最初共同研究の一員に入れてもらうために、恩師や厚かましく色々な先生方の所に出向き指導を受けました。単なる仲間内での発表ではいけないことも分かってきました。学会が人を育てる事を身を持って知りました。
今回・震災にあい残念ながら一般口演はまったくの受け身の参加になりました。でも、私流の積極的受け身の参加をと、意気込んで会場に入り聞いておりました。疑問点が出るとつい心をときめかせてしまい、質問される先生がそれを指摘されると、やはり、まず研究は最初の考え方がしっかりしていないといけな。土台がしっかりしていないと・・・・。実験や調査方法・考察等についても基本的なことを忘れてはいけないと、自分自身の反省にもなりました。講演やシンポジウムでは、講演集に目を通す時問が十分有り、また私が現在抱えている問題があるため、同じときめきでも・最後まで聞けば必ず答えが出る、という期待へのそれでした。そして、学校現場で教育の中でどのように展開するのがいいのかを、生徒や教職員、親の顔を思い浮かべながら聞きました。予防接種に関しては、保護者への啓蒙活動も含めて教育現場ですることを明確にすること。そのために、最新の知見を得たり、衛生行政の動きも知っておかねばと思いました。もっと、お聞きしたかったのに時間が足りず残念でした。後は、自分で勉強をしようとメモをしていました。
シンポジウムはライフスタイルという概念規定をどこまでするか、日常生徒とかかわっていると、単にライフスタイルの良い悪いが問題ではなく、根本的な生き方の間題も含めて人生観や健康観がどのように形成されてきたのか非常に気になります。そのため、ライフスタイルの概念の中に魂としての人生観や健康観を含められているのか、また、どのように児童・生徒を育てようとされているのか、そのような気持ちでシンポジストの方々の提言を興味を持って聞かせていただきました。先ほど述べたときめきを感じながら、今回はいっもより熱心に最後まで・・・・。本当はそれらを、それぞれの先生方に質問したかったのですが、時間が気にかかり遠慮しました。
あの1月の阪神・淡路大震災から5か月の兵庫県での近畿学校保健学会開催、無理をしてでも出かけようと思ったのは、学会の内容よりも、それぞれの方々の安否や無事なお顔を拝見できることでした。常連の先生方がかなり欠席されていました。のどかな風景の中で心の中は、ものすごい緊張感がありました。毎年のことなのにいつもとは違った学会でした。今後、震災で学校保健に期待されたことや問題点、児童・生徒の心のケアのことも含めて、辛いことですが、学会で近い内に取り上げられることと思います。
最後になりましたが、紙面をお借りしまして、震災で亡くなられた評議員の鈴木和子先生のご冥福を皆様方とお祈り申し上げます
―平成7年8月31日 近畿学校保健学会通信 No.82 より―
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