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第33回近畿学校保健学会 特別講演 (2)
“学校保健における養護教諭の立場と将来展望 ― 教育学の立場から”
森 昭三(筑波大学体育科学系教授) のまとめ
座長 滋賀大学 教授 山岸 司久
演者は養護教諭の立場と将来展望について教育学の立場から考えたことを述べた。それらを項目を追って紹介する。
(1) 原点に立つ、死刑因・島秋人から学ぶ(教育とは、学校とは何か)
島秋人著の遺愛集を読むと、教育とは何か、学校とは何かという根本的な問題について考えるべきであることが感ぜられる。これに関連して“どの子にも無限の可能性があることを信じ、それを引き出し拡大することこそ、教育の仕事であると信じなければ教育など出来ない。” と書いた斉藤喜博著「教育学のすすめ」や“教育はその子らしさとしての天分の発見と開花を援助するいとなみなのである。”と書いた伊藤隆二著「学校とは何か」などを一読の必要がある。
(2) 養護教諭のしごと、職務から実践へ
養護教諭の仕事は子どもの健康を守り、発達を保障し、子どもをからだや健康づくりの主体に育てることであるが、その仕事を単なる職務としてでなく実践的に行なわねばならない。その実践活動を支える3つの次元として、価値ある活動の目的や内容、上手な活動の展開の仕方、熱心な活動のエネルギーがある。
(3) 養護教諭に要求される力量
子どもの立場に立ちきり、子どもの心身の現実の中より健康になる芽をみつめ、子どもの健康な発達の筋道についての科学的認識を持つなどしてまず子どもから情報を引き出し、その情報が教えた対象(子ども)の具体的状況に則してその対象に働きかける活動力が必要である。豊かな表現力を駆使して教師の「教えたい」ことを子どもの「学びたい」、「追求したい」へ転化させ、概念、法則などの見えないものを見えるものを通して見させるなどの力量が必要である。このことについては国語教師大村はまの実践から多くの学ぶべきことがある。
(4) 子どもの健康・発達の問題とその背景。どうとり組むか。
現代の中高校生には種々の不健康現象が出現しているが、その背景として イ) 少年期の不在による発達課題の不履行、ロ) 自己の存在証明の不確立、ハ) 未来像を持ち得ないでいる現代の子どもの迷い、などがあるが、これらの教育問題は心の健康問題である。これらの問題にどうとり組むべきかもこれからの課題である。
(5) 将来展望 自分できりひらいていくもの
現在健康を抜きにしては教育を語ることが出来ないように、養護教諭を抜きにしては学校教育は語ることが出来なくなりつつある。養護教諭への期待がたかまると共に資格基準が次第に高くなり、資質を持たぬ者が資格を持つことが出来なくなるであろう。各々が工夫した実践を持ち寄って実践方法をさらに改善しよう。自分達の道は自分で切り開いて行かねばならない。
――昭和61年12月15日 近畿学校保健学会通信 No.56 より――
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