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第31回近畿学校保健学会 特別講演
身体発育研究における学校保健統計の活用とその問題点
国立公衆衛生院母性小児衛生学部長
東京大学教育学部健康教育学研究室 高石 昌弘
1. 身体発育研究と学校保健
Tannerが述べているように、身体発育研究の歴史は古く、そのカバーすべき範囲はきわめて広範である。Human Biologyの立場から人間の身体発育を論じようとすれば、これは当然のことといってよいであろう。
さて、学校保健の分野において、身体発育研究は一体どのような意味をもっているであろうか。身体発育という現象が小児の生理的特性であることを考えれば、学齢期における小児の身体発育の評価が健康状態の評価に直結することはいうまでもない。身体発育のパターンが適切か否かという個別的な検討も必要であろうし、身体発育の現状把握にもとづく学校保健活動の方向の模索という集団的な検討も重視されよう。また、健康障害の早期発見とその対応という学校保健管理の立場から身体発育研究が進められることもあろうし、一方では、個人差の大きい学齢期小児の発育パターンを小児自身に認識させるという学校保健教育の立場からのアプローチもあろう。とりわけ、いわゆる第2発育急進期に相当する思春期の身体発育については、多角的な検討が必要とされる。
2.学校保健統計の活用と身体発育研究の展開
1) 学校保健統計の意義
学校保健統計調査は、学齢期小児の発育状態および健康状態を明らかにするため、統計法による指定統計(第15号)として、文部省が毎年実施しているものである。統計調査の内容や方法は多くの変遷を経て今日に至っているが、1900年(明治33年)から80年余の歴史をもっているこの統計が、わが国における身体発育状態の年次的傾向を知るうえで、きわめて大きな役割を果たしていることはいうまでもない。
2) 集団評価としての活用
身体発育研究の課題として、身体発育に影響する要因や条件に関する検討が重視されていることは周知のとおりである。Eveleth and TannerがHuman Biologyの立場から、1970年代における膨大な資料を集大成した“World Wide Variation in Human Growth”は身体発育に影響する諸要件を検討するうえの、また身体発育の国際比較を論ずるうえの基礎資料として関係者に大きなインパクトを与えた。集団評価の立場からみた体位の比較研究は、単に自然環境の影響を論ずるだけではなく、人類の発展の歴史とも関連した社会経済的条件による身体発育状態の変化を考えるうえで、きわめて大きな意味をもつからである。この出版物のなかで、わが国の資料としては、当然、厚生省の乳幼児身体発育値や文部省の学校保健統計調査結果が紹介されている。
学校保健統計の活用という面からわが国における身体発育の地域性を考えてみると、北海道から九州にいたる日本列島の地域ブロック別にみた検討の結果、九州ブロックの数値が比較的小さく、東北・北陸ブロックが比較的大きいという、いわゆる北高南低あるいは東高西低ともいえる傾向がみられることはあまりにもよく知られている。このような地域性に関わる検討は、多くの要因や条件との関連性という点から、さらに詳細に分析が進められなければ、単なる現状把握に止まって、研究上の発展には連ならないであろう。
一方、学校保健統計の活用という立場から大きな意味をもっているのは、年次推移に関わる研究課題との関連性である。戦後みられた青少年の急激な体位向上は、わが国の経済的発展とともに、身体発育論の分野で大きな話題とされてきた。しかし、このように急激な体位向上のスピードには、もはやブレーキがかかっており、年次推移に関する論評は、単に戦後の特有な現象だけでなく、戦前から今日に至るまでの長期的展望のなかで論じなければならないはずである。このような論議を進めるに当たって戦時中の部分的欠落がみられるものの、80年余にわたる資料の連続性という点からみて、学校保健統計の果たす役割は他の国に例をみないほど特有なものと考えてよい。
また、元来、体位の年次推移は単に身体発育論の立場からだけではなく、広く、学校保健学さらには公衆衛生学などの課題として展開していくものである。とりわけ公衆栄養学の立場からの利用も大きい。体位の将来予測を基盤として、栄養所要量の改訂や将来の食糧資源の確保などに関する長期計画が策定されるからである。このような検討を行う際、学校保健統計は有力な資料として活用される。栄養所要量策定のため5年ごとに行われる体位の将来予測において、学校保健統計の利用価値がきわめて高いことを強調しておきたい。なお、演者はかって、科学技術庁資源調査会食糧部会の食糧需要予測の一環として、西暦2000年における日本人の身長の推計を行ったことがあるが、この場合の資料の大部分が学校保健統計であったことはいうまでもない。
3) 個別評価としての活用
学校保健活動の実際において現実に問題となるのは、個々の学齢期小児の発育パターンが適切かどうかという点である。この意味では発育評価の基準が必要となることは当然といってよい。
元来、発育評価の視点には次の3点をあげることができる。
@ 年月齢別にみた計測値の評価、 A 複数の計測値による総合的評価、 B 発育テンポの評価
すでに述べたとおり、保健管理という立場からも保健教育という立場からも、発育評価の基準は重要であり、国際的にも多くの研究者がこの課題にとりくんでいる。本来、この種の基準を作成する場合、cross-sectional studyによるべきかlongitudinal studyによるべきかについて、なお議論の余地が残されているが、一般的にはGoldsteinが述べているように両者の混合による適切な利用を考えるべきであろう。学校保健統計は、文部省としてとりまとめ公表される内容についていえば明らかにcross-sectional studyである。しかし、毎年公表されているという利点を生かして縦断的に検討することは集団の代表値のとり扱いとしては可能となる。また、それぞれの地域において、学校保健統計の基礎となる定期健康診断の際の個人の身体計測値からlongitudinal studyとして利用することができる。現に、このような方式で多くの研究が進められていることは周知のとおりである。
前記の発育評価の視点の全てをカバーするような基準を作成することは容易ではないが、TannerらによるBritish Growth Standardsは小児科臨床の立場からも国際的に大きな評価を得ている基準である。わが国においては、このような基準の検討が遅れていたが、近年、学校保健統計の基盤となる資料を活用して、優れた基準が使用されつつあることは喜ばしい限りである。
いろいろな意見があるにせよ、ともかく、毎年の定期健康診断の折に確実に行われている身体計測値の利用を、単に教育委員会を始めとした行政上の必要性を満足させるだけではなく、むしろ、個々の身体計測がなぜ重視されるべきかという本質的な視点から再検討していく必要があろう。身体計測は究極のところ、個々人の保健管理および保健教育にフィードバックされなければ本来の意義が成り立たないからである。この意味では、高身長や低身長、肥満傾向や「やせ」傾向、さらに早熟傾向や晩熟傾向の選別、さらに、これらの小児に対する指導も含め、学校保健統計が個別評価のために活用される部分はきわめて大きいはずである。
3.学校保健統計活用上の問題点とそれに対する配慮
1) 学校保健統計の作成過程についての配慮
80年余の歴史を有する学校保健統計は、その作成過程をみると、決して同一の方法が採用されてきたわけではない。戦前から戦後にかけての学制改革によりみられた調査対象の大きな変化、また、戦後コンピューター導入によって生じた統計処理技術の変遷などを考えると、公表されている数字を比較分析する場合には、このような統計処理過程の違いを配慮する必要があろう。たとえば、標本抽出法についてみると、現在では確率比例抽出を行っているが、この十数年の短い期間内に、層化一段抽出、任意系統抽出を経て今日に至っているという変化があり、計測値収集段階についても、小数点以下切捨ての方式を経て、今日のような小数点以下四捨五入の方式に至っているのである。もちろん、これらの統計処理過程の相違は、各年齢集団の平均値や標準偏差に影響を及ぼさないよう計数処理がなされているので本質的には問題はない。しかし、学校保健統計調査報告書に示されている度数分布を利用して分析しようとする場合に影響があることはいうまでもない。
また、特別な例として、昭和41年度生まれの小児の体位の特殊性に関する問題点をあげることができる。これは、年次推移に関連した課題を論ずるとき留意しなければならないことである。毎年の学校保健統計資料を参考に昭和41年度生まれの小児の身長を追跡してみると、偶然変動をこえて、やや低値であるという現象がみられる。おそらく、いわゆる「ひのえうま」現象として年間出生数が例年にくらべて約50万人も少なかった昭和41年の4月から12月までに生まれた者と、出生数が通常であった昭和42年の1月から3月までに生まれた者の総和としての昭和41年度生まれの小児は、例年よりも、いわゆる「遅生まれ」の小児の相対比率が低いからであろうと推測される。いずれにしても、わが国の学校保健統計が当該年度の4月1日現在における満年齢にもとづいて作成されている点を十分に配慮すべきであろう。
2) 思春期年齢における発育テンポの早晩についての配慮およびその他の配慮
身体発育の個別評価の際、思春期年齢においては、思春期急増のテンポの早晩による個人差が大きいため、発育評価の基準については十分な配慮が必要となる。学校保健統計はcross-sectional studyであるうえに、年齢別平均値には発育テンポの個人差が埋没しているため、単純な統計処理をしただけでは、思春期発育の個別評価のうえで適切な判断をすることができない。この点についてはTannerらがBritish Growth Standardsを作成する際に理論上大きな話題としたのである。いわゆるphase difference effectがそれであり、この点の配慮なしに思春期の発育評価は論じられないといってよかろう。学校保健統計を活用して身体発育評価の基準を作成しようとする場合、上記のような配慮がぜひ必要である。
なお、さらに、単一の計測値だけでなく、複数の計測値を利用した総合的評価のための基準についても検討を加えていく必要があろう。このような意味では、学校保健統計にみられる疾病異常被患率のうち、肥満傾向の判定基準についても今後、さらに検討を加えていくべきであろう。
4.おわりに
以上、学校保健統計を活用するに当たり日頃考えていることの概略を記した。80年余の歴史を有する学校保健統計は、今後も身体発育研究にとって大きな関わりをもちつづけるであろう。そして、身体発育研究と学校保健活動の間で、互いの関連性を保つ役割を果たして行くにちがいない。本学会の統一テーマは、「最近の子どもの発育・発達の特徴と学校保健」である。この統一テーマに必ずしも合致した内容ではないが、発育・発達の特徴をとらえるための身体発育研究と、学校保健との関連を考えるうえの一助となれば幸いである。
――第31回近畿学校保健学会抄録集より――
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