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第31回近畿学校保健学会の開催にあたって
第31回近畿学校保健学会 会長 後藤 英二
昭和59年の初春を迎え、厳寒の候、会員の皆様方には、それぞれ学校現場や職場で子ども達の健康を守るため日夜御活躍のことと拝察致します。
このたび図らずも第31回近畿学校保健学会会長を拝命し、この大阪で6年前に第25回学会事務局長をやらせていただいた私としては年月のたつことの早さに驚くとともに感無量のものがあります。もとより任にあらずとは思いますが、皆様の御支援を得て、意義深い学会にいたすべく微力を尽くしたいと存じます。
本年度学会開催地となります大阪は経済中心都市、商都、商人の町というイメージが強く、また大阪人は「もうかりまっか」の挨拶で始まるぐらい実利的でそろばん勘定に合わない事には絶対金を出さないと云われています。だから大阪は学術都市、学都、文人の町とはなりえないし、学問研究が育つ土壌がないと思われています。しかし、かっては大阪を中心として近畿一円が日本文化発祥の地であり、文化中心都市であり、文人の町であったし、遠い将来に於て勘定の合う事には必ず金を出すのが大阪人であるから学問の育つ町であり、育てねばならないと、やや我田引水的に生粋の浪速っ子である私は思いますし、この一小地方学会を学術不毛の土壌への一粒の麦たらんとの抱負をもっている次第です。
教育目的に従って教育を実施する場としての学校のはたしている役割は、技術、科学、芸術、道徳などの文化遺産の継承にあると同時に新しい文化の創造にあるといわれています。学校保健が学校教育の推進にあり、教育基本法第一条の目的と学校保健法第一条の目的と軌を一にするところであり、戦後学校保健が教育活動の一環として位置づけられ、現在では、その対象人数が、わが国総人口の1/4にもなっている事実は、皆様の周知するところであります。しかるに、学校教育の荒廃とともに学校保健がはたしてきた役割は、何んであったか原点に立ち帰って反省しているのは私だけではないと思います。一方、実践活動的であった学校保健が理論構築をして学問体系化し学校保健学となって日も浅いとはいえ、これを専攻とする私ですら汗顔の想いを抱く程の未熟であります。この学際的ですらある学問を大成するのは、偏に全国学会・地方学会に参加している会員各位の英知の結集であり、努力の積み重ねであると考えております。そのために、皆様の御期待にそえるような企画をねっておりますが、会員各位におかれましてもできるだけ多数お集り願い、日々の体験を通した自由な意見の交換と相互の交流を深められんことを切望するとともに、同学同憂の士の御参集により、かならず成果があがることを確信しお待ち申しております。
――昭和59年2月6日 近畿学校保健学会通信 No.47 より――
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