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長谷川 等 名誉会員を悼む
近畿学校保健学会名誉会員医学博士 長谷川 等 先生には昨秋、急性心不全により突然死去され、82年の生涯を閉じられました。ここに謹んでお悔み申上げます。
先生には大正13年3月、大阪医科大学医学科(現大阪大学医学部)を御卒業後、第一内科教室にて臨床と研究に当たられましたが、昭和3年御開業後、昭和11年より大阪市立田辺小学校、大阪府立天王寺中学校(現天王寺高校)の校医として以後30年の長きにわたり児童・生徒の健康増進と疾病予防に尽力され、この学校保健の実践を通じて、教育の理論と実践のなかに医学の知識を導入する分野を樹立され、「教育医学」と名づけその研究と実践を熱心におこなわれて今日の学校保健の基礎を固められたのであります。
その間、昭和28年には大阪府学校保健会会長、大阪府校医会会長として大阪府の学校保健の発展に努力されるとともに、近畿学校保健学会の創設に参画され、以後、毎年近畿学校保健学会に参加され、研究発表はもとより若い学校保健関係者に情熱をもって「学校保健は教育である」と講ぜられ、会員一同に深い感銘を与えられたのであります。又、昭和31年には文部大臣よりの学校保健の功績に対する表彰の他に、大阪府、全国校医会より数々の感謝状をお受けになりましたが、昭和41年5月、第13回近畿学校保健学会総会において先生の数々の学会に対する功労により名誉会員に推せんされたのであります。
先生は常に「学校保健の発展が一人一人の子供の健康増進につながるものである」との強い信念を持っておられ、このためには遠近を問わず足を運んで指導されておりました。数年前より心筋障害にて御静養されていたのでありますが、それにもかかわらず、学会総会には必ず御出席になり種々御指導を賜ったのであります。ことに昨年6月の大阪における第25回学会総会には出席され学会の発展のため種々有益なお話を承ったことはなお記憶に新らたなものがあります。
ここに先生の御冥福を心よりお祈り申上げるとともに、先生の学校保健に捧げられたご遺志を継ぎ、さらに学校保健の発展に努力することが幽界の先生の霊をおなぐさめする最大の道であると思い、先生への追悼の言葉にかえたいと存じます。 合掌(上林久雄)
――昭和54年3月1日 近畿学校保健学会通信 No.35 より――
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