近畿学校保健学会

AND OR   大文字と小文字を区別する  
ホーム
学会の目的・活動内容
会則/最新の学会通信
事務局からのお知らせ
次期学会について
入会ご希望の方へ
役員名簿
過去発表資料(表題検索)
学会通信(PDF検索)
50周年記念誌(表題検索)
リンク集
お問い合わせ


Powered by
kobe-u.com
 
 近畿学校保健学会へのそのときどきの想い 第 II 期
 

第18回近畿学校保健学会会長挨拶
学校保健の現代的意義

神戸大学 教授   佐守 信男


 このたび、この第18回近畿学校保健学会を担当させていただきまして、充分なお世話もできませんでしたのにもかかわらず、このように多数ご参加くださいまして、これからの学校保健の発展のために大変喜こんでおります。また、感謝しております。それから、ご多忙中にもかかわらず、近畿のわれわれの願いをお聞きくださいまして、遠路はるばる来てくださいました特別講演の演者の方々に対しまして、近畿の全会員に代わりまして厚くお礼を申しあげます。

  学校保健は、学校を土俵として展開されるものでございます。学校とは、教育をするところでございます。教育は、今年の6月に発表されました中教審の答申によれば、第三の改革がうたわれております。それは、現在の6・3・3制を4・4・6制に改めるべきであるという学制の改革もうたわれております。この学制の改革がよいか悪いかは別として、問題は、教育内容であると考えますが、教育内容については、いろいろ書かれていますが、何といっても、「才能開発」という文言が目立ち、「知は力なり」という知育をより一層重視しようとするもののようであります。これは、1958年のソ連のスプートニックの発射成功に端を発するアメリカのブルーナーを議長とするウッヅ・ホール会議にはじまる世界的ないわゆる「教育の爆発」と無縁であるとはいわれません。

  現在の世、それから、これからの世の科学・技術の世界を考えますとき、知育を重視することには、もちろん、異論はございませんが、ただ、これを強く面前に押し出した教育内容には、はたして、妥当であるかどうかということについては、大きな疑義があるといわなければなりません。
 
  ご存知のように、「知は力なり」とは、17世紀のフランシス・ベーコンの有名な警句であります。そのフランシス・ベーコンは、1620年に「科学の新機関」を公にしております。ついで、1635年には、ルネ・デカルトが「方法序説」をあらわします。そして、この17世紀は、それまでの天文学・物理学・化学・数学・医学など、すべての科学が、装いも新たに近代科学として目白押しに登場してくる世紀であります。これらの科学の業績を明らかに受けて、18世紀には、紡績機械が発明され、蒸気機関が実用化されるのでございます。この技術革新の上に立って、あの有名な産業革命が全世界に広がり、人類の生き方が一変したのでございます。
 
  ついで、19世紀には電気が発見されました。今世紀である20世紀前半のあらゆる技術は、蒸気機関より電動機への原動機革命の基盤の上に立って行なわれたといえましょう。そして、1940年には、新しいエネルギー源としての原子力が登場するのであります。
 
  現在、われわれの周囲に起こりつつある変革は、原子力やコンピューターを出すまでもなく、とても、18世紀の末にイギリスに端を発した産業革命の比ではない大きな変革であります。人類の歴史のなかには、産業革命に比敵する変革ならば、なかったとはいえません。たとえば、旧石器時代から新石器時代へかけての変革などは、そうでございましょう。これは、いまから約1万年前のことでありますが、それは、ただ単に、それまで石をけずって鋭い刃先を作っていたものが石で望みどおりのものを作れる方法を発見したにとどまらず、この時期に、はじめて陶器が作られ、農業が起こり、牧畜が生まれ、紡織がはじまるのでございます。また、ボートが発明されるのでございます。おそらく、当時の人類にとっては、18世紀の産業革命に決してヒケをとらない大変革であったに違いありません。

 しかし、いま、われわれの周囲に起こりつつある変革は、そのような変革とはまたスケールの違う大きな変革であります。このたびの変革は、人間の手によって、自然を破壊することができる、破壊という言棄がお嫌いならば、自然をcreateすることができる、創造することができるという、人類史上、いまだかつて見なかった大きな変革であります。

  科学は、かつて、神から見れば悪魔のワザであるといわれた。その科学が、こんにちでは、神のワザである自然をcreateすることを見事に見せはじめたのであります。

  人類は、神をおそれ、自然をおそれて参りました。そして、自然は素晴しいものといってまいりました。18世紀のジャン=ジャック・ルソーは、「自然に帰れ」とも申しました。そして、「自然は善である」「子どもの本性は善である」と述べました。しかし、現在の科学では、それは、彼が、パリ郊外のサン・ジェルマンの森で神がかりとなって思いついた、「思いつき」にすぎないといわざるをえません。だいいち、人間は、善を考える大脳も、悪を考える大脳も、もっては生まれないのでございます。

  避妊は自然に反する。したがって、罪であると神は申しました。そのバチカン宮殿のローマ法王パウロ六世が、受胎調節にオギノ氏法を公認すると宣言したのは、2、3年前のことであります。

  もう一度申します。人類百万年の歴史は、この間まで、社会と自然を対立してまいりました。そして、自然はおそろしいもの、素晴しいものでございました。ところが、17世紀の「知は力なり」を掛声にいたしまして急速に巨大化してまいりました科学とそれからの技術は、いまや人間の手によって、その畏敬し続けてきた自然を破壊あるいは創造することができるというのであります。

  これが、いいか悪いかは別として、このことが、ついこの間の2、30年前からはっきりしたことであります。人類史上かつて見なかったケタ違いの大きな変革が、いま、われわれの周囲で行なわれつつあるのであります。
ところが、人間の子は、このような大きな変革が、現在、人間によって行なわれているとは何も知らずに、かつてと同じように、くり返し、この地球上に誕生してくるのであります。

  いま、小学校1年生の子は、6年と約280日前に、母親の胎内で、直径0.2oの受精卵という小さな生命として、何も知らずに、唐突にこの世に生まれてきたのであります。

  子どもたちのこの小さなひとりひとりの生命が、人類のつくり上げてきた、いわば、「大海の荒波」のただ中に生まれ、やがて、この荒波に呑み込まれてしまうか、それとも、目を輝かして生き生きと、「人間の魂」で、この人類の大海の未来を自分の手で切り開いていってくれるかどうかの、1つの大きなカギは、教育が握っていると私は考えております。

  教育は、いつの時代においても、重要であるといわれます。しかし、いまの時代は、とくに重要であるといわざるをえません。
 
  この重要な教育を、円滑に進めるための基盤としての子どもたちの健康を保持増進することを願いとする学校保健の仕事は、いまこそ、大変重要であると考えなければなりません。まして、さきほど申しました巨大な科学・技術の現在の世界は、子どもたちのひとりひとりの小さな生命が、ただ単に生きてゆくことすら危険にさらしているのでございます。学校保健の仕事は、ここで、どうしても、新しい学校保健として進展させなければならないのでございます。そして、学校現場で、実質的な市民権をえなければならないのでございます。

 
 このときに当たりまして、本学会では、朝から、近畿地区以外のこの道の権威者であります金沢大学の村上名誉教授、そして、前の東京大学の教授であります須藤教授から、それぞれ、精神衛生、安全教育につきまして薀蓄を傾けていただき、皆さんとともに討議していただきます。引き続いて午後には、文部省の国崎さん、それから、慶応大学の原島名誉教授、そして、山形大学の杉浦教授から、それぞれのご専門の保健指導・環境衛生・健康診断について、現在までの貴重な知見を、お聞かせ願い、皆さんとともに、これからの学校保健をどう展開すればよいかということについて、ご討議願う予定です。新しい学校保健を切り開かねばならないこんにちのわれわれにとりまして、このような討議を重ねることは、まことに、意義深いことと存じております。

  ただ、時間が短くて、とても、時間内には、それぞれの解答がえられないと存じますが、この学会に参加されました皆さんのひとりひとりが、この学会から何かをえてくださり、それが、このむずかしく、しかも、大切な明日の学校保健を、ご自身の学校現場にふさわしく、皆さん自身で新しく自発していただける契機になれば、どんなにうれしいことかと存じております。

  最後に、いま一度、この第18回近畿学校保健学会に、遠いところからわざわざおいでいただき花をそえていただきました5名の特別講演の演者の方々、ならびに、ご参加くださいました皆さんに、重ねて、お礼を申しあげまして、会長の挨拶に代えさせていただきます。

       ――第18回近畿学校保健学会編:
            学校保健の現代的意義=第18回近畿学校保健学会記録集=、東山書房より(一部加筆修正)――

近畿学校保健学会のホームへ
近畿学校保健学会事務所
〒657-8501 神戸市灘区鶴甲3-11 神戸大学発達科学部健康発達論講座
2004 © 近畿学校保健学会 All rights reserved.