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第16回近畿学校保健学会 特別講演
都市化と児童・生徒の保健に関する諸問題について――公害問題をふまえて
山口大学 医学部 教授(公衆衛生学) 野瀬 善勝
1.都市化の蔭にひそむもの
ケンブリッジ大学の人類生態学教授 A.L.Banks は「高度に工業化された国々では、自然的環境と生物学的環境はほとんど征服され、特に自然的環境はもはや人間の健康にとっての大きな障害ではなくなり、人間は人為的環境からの疾病によって悩まされ始め、医学の重点が病院から地域社会へ、治療から予防へ、個人から集団へと移り変らなければならないこと」を指摘した。
近年、わが国でも、産業と経済の高度成長に伴なって、人口の都市集中化が甚しく、土地住宅の不足、上下水道の不備、道路交通のマヒ。加えて、大気汚染、水質汚濁、騒音、地盤沈下と各種の公害が多発し、市民の生活環境が逐年悪化してきた。都市が労働と生産の場ではあっても、生活と憩いの場でなくなってきた。
「環境は人をつくる」ということは言い古されたことばであるが、公害化した都市的な生活環境が心身ともに成長発育期にある児童生徒の健康に及ぼす影響には計り知れないものがあると云えよう。
2.都市化と児童生徒の身体発育
1)身体発育促進現象
最近のわが国では、児童生徒の体格は逐年向上したが、体力や体質は低下するとも向上しておらず、体格と平行的に体力や体質を向上させることが学校保健上のもっとも重要な課題となっている。本問題には2つの課題があって、1つは身体発育促進現象であり、他の1つは体型の狭長体型化である。
児童生徒の体格の逐年の向上は、発育促進現象、または加速化現象(以下早ぶとりと称す)と呼ばれていろいろと論議されているが定説がなく、その主原因は栄養にあるとみなす学派(栄養説)と都市化に伴う生活環境が自律神経失調状態を誘発すると同時に脳下垂体を刺激して早ぶとりを招くとみなす学派(都市化刺激説、または文化刺激説)に大別されるようである。
ところが、わが国の児童生徒の身体発育には、時代的変遷があると同時に地域差があって「早ぶとり」の時代があれば「遅ぶとり」の時代があるように、「早ぶとり」の地域と「遅ぶとり」の地域がある。そこで、全国的視野に立って多年にわたって府県別に比較してみなければ、ほんとうの姿はわからない。「早ぶとり」が著しいのは、大都市だけでなく、近年では、長野、岐阜、滋賀、奈良、岡山の諸県でも大都市と変らぬほどの「早ぶとり」が認められる。同じ大都市でも東京と大阪、神戸では「早ぶとり」の様相が異なっている。われわれは「早ぶとり」とか「遅ぶとり」とかいう「身長の発育曲線型式」の地域差と生活環境との関係を全国的に人類生態学の立場から科学的に数量的に追求し、その主原因がやはり栄養にあることを詳にした。また、その場合、成長の最高速度が必ずしも成長の至適速度とは限らず、成長の最高速度をもたらす栄養法が必らずしも適正な栄養ではなく、発育完了後の体格、体力、体質ともに優れて長寿が保てるような栄養法こそが適正な栄養であることを示唆するような事実を認めた。
例えば、「早ぶとり」地域は、脳卒中死亡率が高く短命であり、「遅ぶとり」地域は、脳卒中死亡率が低く長命であることもその1つである。いいかえれば、身長急増期(14歳±3歳)の後半の発育を順調ならしめるために特に必要な栄養(例えば、動物性蛋白質やカルシウムなど)が十分に充足される地域は、発育完了後の体格、体力、体質ともに勝れておおむね健康優良であると云ったような関係事実が認められた。
ちなみに、和歌山県人は昔から遅ぶとりで、小学生や中学生時代(6〜14歳)の体格は、全国平均を下廻っていても成長期の後半(14歳〜17歳)の発育がおう盛で、出来上りの体格が優秀なることを誇った。また、昔から脳卒中死亡率も低く、平均寿命も長く健康優良県である。
2)体型のモヤシ型化
都市児童の体型が狭長体型(モヤシ型)であって、農山村児童の体型が短厚体型(ヅングリ型)であることはすでによく知られた事実であるが、われわれは、大気汚染が特に甚しい宇部市都心部の児童の体型が、昭和23年、24年、25年と逐年狭長体型化している事実に着目して、2ヶ年間(昭和26〜27)にわたって学校給食並びに家庭の食生活改善指導を中心に健康相談制度の活用と体育の強化など、学校保健全般にわたって実地指導を徹底させたところ、逐年劣悪化していた児童の体格が対照校にくらべ抜群の向上を認めるに至った。ちなみに、その間における当市の大気汚染は、ばいじんは減少の傾向を示していたが、亜硫酸ガスは増加するとも減少していなかった。このことは、大気汚染の人体に及ぼす影響は、バイジンとガスが重なり合ったときが最も深刻であること。また、直接的影響だけでなく、大気汚染のために紫外線が減衰し、そのために新陳代謝がさまたげられるとか、室内に閉じこもって運動不足におち入って栄養不足を来たすというような間接的影響が少なくないことを示唆しているものと云えよう。
3.都市化と児童生徒の健康
1)児童生徒の病欠率と大気汚染
児童生徒期は一般に抵抗力が強く、めったに学校を休むこともないが、宇部、小野田、徳山、南陽など産業諸都市のこどもたちは、「へんとう腺がはれた」、「かぜをひいた」、「頭が痛い」、「からだがだるい」、「熱がある」などの感冒様上気道疾患で学校を休むことはしばしばである。しかも、病欠率がその校区の大気汚染度と正比例の関係にあって、大気汚染度の高まった日か、その翌日には学童の病欠率が、高まるだけでなく、一般市民の死亡者の数も増加している。
2)児童生徒の肺換気機能と大気汚染
われわれが宇部市で小学5年生から中学卒業まで満5ヶ年間にわたって追跡調査した成績では大気汚染の甚しい地区では児童、特に男子児童の肺換気機能(ピークフロメーター)が慢性的に持続的に低下していた。ところが、対象児童が中学に入学すると、女子生徒の肺換気機能が低下し、男子生徒はやや快復の傾向を示した。しかし、他地区の同じ身長の通学生にくらべ肺換気機能が低下していることには変りなかった。児童期では男子が特に低下し、児童期では女子が身長急増期であり、生徒期では男子が身長急増期であるがためであって、身長急増期では肺換気機能の低下が緩和されることを意味しているもののようである。何れにしても、中学卒業まで男女ともに肺換気機能が持続的に低下の傾向にあることは、成人後の慢性気管支炎発症の素地ともなる可能性があることを示唆しているものと云えよう。けだし、このことは大気汚染の人体に及ぼす影響が深刻なることを物語るものであろう。
――第16回近畿学校保健学会抄録集より――
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