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第13回近畿学校保健学会に思う
京都大学教養部 教授 川畑 愛義
6月19日大阪学大で行なわれたこの学会が無事終了したことは会員の皆様とともに同慶にたえない。出題数は36にも及び、特別講演として「学校保健の動向と将来への示唆」も有意義なものであったし、シンポジウムの「保健教育のあり方」も4人の先生によって行なわれたが興味深いものであった。
本学会に対する評価は会員の皆さんや、来会者の一人一人によって相違してくるのは当然のことかもしれない。私も会員の末席を汚しているが、これを一人の傍観者の立場において私なりの見解を述べてみたい。
まず本学会が変化性に富んだ内容の研究発表があったこと、真剣な討議が行なわれたことに対し心から敬意を表したい。私はさきの本学会通信に「学会はこうあってほしい」という希望条件を述べたが、それらの大部分が満足されたように思う。これには学会を担当された学芸大に深く感謝の意を表したい。ただこの際田舎者の困惑した一つの問題をあげると学会の案内やプログラムにも学大の所番地や地図が全くなかったことである。当日私は天王寺駅前にとまっているタクシーを呼んだがこの運転手さえ学大の場所を知らなかった。
本学会の会員ないし発表者は大別して小中高の先生方と、大学研究所などの学者グループに大別される。現場の先生方のなかには養護教諭、保健主事その他嘱託制の学校医、学校歯科医、学校薬剤師などがいられる。少ないけれども校長先生も来られた。研究者グループのなかには保健体育関係者の他、教育者、医学者、心理学者などもまざっている。
さらに意義のあることには各府県及び市町村の教育委員会の方々が相当多数おられた。これらの変化性に富んだ顔ぶれは、学会運営をある面において困難なものにしているが、それだけまた価値あるものとも考える。例えば現場の先生達からみれば大学の研究者らの発表は理屈ばかりを述べているようにもみえるが、この基本的な理論づけが彼等にとっても大切であるはずであり、反面、学者らにとって現場の人々の切実な要求や問題を聞くことができるのは有用なことにちがいない。学会といっても純粋な学問の陶治の他に学校保健は行政、経済、社会と連接する領域が大きい。この点教育委員会の責任者たちが多く出席されて熱心に討議にも参加されたことは極めて有意義だったと思う。
近畿学校保健学会の第一人者であり、長老の一人でもあり、しかも開拓者でいられる竹村 一 教授が四十余年にわたる経験と抱負を若々しい情熱の中に凝集してわかりやすく解説されたのは皆をして傾聴、そして感動させずにはおかなかった。このような先生が本学会の推奨をうけて表彰されることを切望する。
シンポジウムの健康教育という表題と、各講師の課題との関連性がそれほど緊密でなかったので、司会の榊原教授の御苦心のほどもわかる。来年のことも考えてあえて私の希望を述べるならば、学会である以上シンポジウムの討論ももう少し学術的な内容がほしかった。この点 岸 堅一先生の発表は光っていたと考える。またシンポジウムの講師に対する活発な論戦が行なわれたのは極めて印象的であった。年一度のこの学会に懇親会等も通じてお互いが胸襟をひらいて談合できるのは人生の楽しみの一つに数えることができるであろうか。公用のために三浦運一名誉会員や大島明雄博士らの顔がみえなかったのは淋しかった。
――昭和41年8月10日 近畿学校保健学会通信 No.9 より――
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