近畿学校保健学会

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 近畿学校保健学会へのそのときどきの想い 第 II 期
 

10回近畿学校保健学会会長小出陽造先生のご逝去を悼む

昨年(平成9年)7月3日、本学会名誉会員の小出先生が脳梗塞のためお亡くなりになりました。享年83歳でした。

先生は、昭和27年に和歌山市の小学校と中学校の学校薬剤師を、また昭和31年には和歌山大学附属小学校の学校薬剤師を引き受けられ、爾来永年にわたって和歌山県学校薬剤師会の会長をお務めになられた。その間、6年周期で2年間づつ、和歌山県学校保健連合会の会長に繰り返しなられた関係で、近畿学校保健学会と深くかかわってこられた。

古い話になって恐縮だが、学校薬剤師の誕生は、東京市の昭和5年が最初とされており、救急薬品などの管理に当たるうちに、医薬品だけでなく、環境衛生面でも、学校には多くの問題のあることが当時の学校薬剤師によって指摘され、これらの問題に対処するための学校薬剤師の制度化が政府に働きかけられていた。こうしたことから、戦後の昭和22年の全国学校衛生大会、および昭和26年の第1回全国学校保健大会には学校薬剤師も積極的に参加しており、昭和26年には日本学校薬剤師会を結成し、全国学校薬剤師大会を開くようになった。法制面では、昭和29年の学校教育法施行規則の改正による学校薬剤師の規定が最初で、やがて、昭和33年の学校保健法の制定に伴って学校薬剤師の職務が明確にされることになる。この頃には、学校薬剤師の方々による、学校環境衛生の調査・研究活動も活発で、草創期の近畿学校保健学会にも多くの学校薬剤師の参加をみている。

こうした時代背景のなかで、小出先生は、昭和32年和歌山で開催した第4回近畿学校保健学会の副会長、さらに、昭和38年には第10回近畿学校保健学会の会長をお務めになられた。現在のように会則が明確でなく、会員も固定していなかった時代の学会のお世話をするのには、大変な苦労があったが、その後、たまたま私が、第16回と第22回の学会をお世話させていただいた時にも、副会長としてお力添えをいただいた。学会開催のための企画委員会の席上では、終始穏やかに、纏め役に徹しておられたが、長く組織の長をお勤めになられるにふさわしい、優れた先見性と組織力をおもちで、人望が厚かった。

最近は親しくお会いし、お知恵をお借りするような機会にも恵まれなかったが、私にとっては、今もなお変わらぬ慈父に接するような気持で回想し、お会いできなくなったのを悔やんでいる。

天に召された小出先生、どうかいつまでも温かいまなざしで、やがて50周年を迎える近畿学校保健学会の発展をお見守り下さい。

大変遅くなりましたが、先生のご冥福を心からお祈りします。                              (武田眞太郎)
                                   ――平成10年8月31日 近畿学校保健学会通信 No.91 より――

 
資料 厚生労働省「人口動態統計」

テキスト ボックス: 性・年齢階級別自殺死亡率(人口10万対)の年次推移  自殺死亡率の年齢分布をみると、'60年の20歳前後に男女とも自殺が多発しているのが特徴的である。  一方、文部省で国立大学学生の自殺やアパシーの増加に対するメンタルケアのための大学保健管理センターの設置計画が具体化するのが'66年、総理府に青少年自殺問題懇話会が設置されるのは'79年である。   なお、2000年には男で50歳代後半を中心に異常なピークがみられる。今日の学校教育をめぐる厳しい社会情勢の中にあって、子どもの健康問題だけでなく、教員の心身の健康づくりについても積極的な取り組みが求められなければならないであろう。
 

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