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討議会「学校職員の健康問題」より
保健診療面から見た最近における学校職員の疾患
京都大学保健診療所長・教授 宮田 尚之
1.緒言
演題の保健診療面と言う字句が、比較的新しい概念を有するものであるため、まずこれを説明すべきであるが、その内容が少しく複雑で、はじめての方にはかえって理解しがたいかもしれないと考えられる。したがってこれを実際行なっている京都大学保健診療所の成立経過と、その業務内容を説明すれば、自然にその大要が了解できると思われるので、これから申し述べたい。
2.京都大学保健診療所の沿革と業務内容
京都大学保健診療所は今から約35年前、大正13年、学生の健康上の種々な相談に応じ、かつ軽微な疾患の診療をなすことを目的として設立されたものである。当時は学生健康相談所と称し、現在の各学校の学校医のようなものであって、定期的に、医学部附属病院より、医師が出張してこれに当るという状態であった。しかしこれでも、全国の各大学にさきがけて開設されたことは特筆すべきことであろう。
以来逐年、利用者数の増加に伴い、診療各科を増設し、学生のみならず職員の診療をも行なうに至ったのである。
しかし他方、近年に至って、国民体力法による体力管理、学校身体検査規定による身体検査、結核予防法による結核管理、人事院規則による職員の健康診断など、いわゆる保健管理業務が急激に増大し、初め片手間であった保健管理業務が、遂には本来の診療業務を凌駕するありさまとなったのである。かつその頃から結核に関する保健管理の効果が如実に表われ、その価値は個々の診療の到底及ぶべくもない事実が明瞭になってきた。そのため昭和24年抜本的に、従来とは逆に、保健管理や保健診療を主として行ない、従として健康相談や一般診療を行うこととし、名も京都大学学生健康相談所より京都大学保健診療所と改められたのである。
以来、事業の拡張、施設の充実、人員の増加をはかり、現在、職員として、医師10名、看護婦8名、薬剤師3名、放射線技術者2名、その他事務員 総計32名を有し、年間取扱総数延8万人を超え、全国的いな、世界的にも余り類例のない学校保健施設となったのである。
しかしてこの保健管理あるいは保健診療が、健康相談あるいは普通診療と根本的に相違している点は、健康相談や普通診療は、個人が自律的能動的に検診や相談のため出頭するのであるが、保健管理や保健診療は、学校保健法、人事院規則、その他の法令によって、個人に対して他律的、受動的に、健康診断が行なわれ、その結果発見された疾病異常について、他律的に、診療が行なわれることである。すなわち、一般の開業医、診療所、病院が取扱っている診療は普通診療であるが、当保健診療所のように、保健管理を行なってその一環として診療を行なう場合に、保健診療という新しい診療形式が生じるのは当然であろう。保健管理の特徴として、その検診が多くは集団的に行なわれることと、検診を受ける人々はみな、自覚的に何等の違和感も持っていないため、自分は健康であると考えている人々であるということである。従って保健診療も、集団的に行なわれる傾向があり、また、みずから健康であると思っている人々を対象に診療する点が、個別的に、不健康を自覚している人々を対象にする普通診療との著しい相違点である。
しかして、上述のように、当診療所は普通診療も兼ねて行なっているから、保健診療的疾患の理解を容易ならしめるため、まず普通診療的疾患について少しく触れてみたい。
3.普通診療的疾患
まず当保健診療所の受診票の上から、当大学の職員の年間罹患疾患について調査し、かつ本学共済組合の帳簿上、年間受診疾患全体を調査した。さらに最近の結核、呼吸器系疾患、消化器系疾患などの逐年的推移、あるいは月別変動なども調査した。なお学生の統計とも比較した。これらのうち、比較的興味ある部分を選んで報告したいと思う。
4.保健診療的疾患
一般に保健管理は、(a)人の管理、(b)環境の管理、(c)其の他の管理事務に分けられる。この人の管理は、健康診断とその後の処置であるが、この処置のうち、疾病異常処置が、つまり保健診療である。
当保健診療所においても、定期ならびに臨時の健康診断が規定の通り行なわれるが、その際、とくに疾病の早期発見と早期診療によって、疾病の予防、治療上著しい効果を予想されるものをあらかじめ選びおき、特別にスクリーニング(篩分検査)し、その結果発見された疾病異常を診療する。これが保健診療的疾患なのである。
当保健診療所においては次のような約20種の保健診療的疾患を選定しているが、以下そのうちの比較的新しい一部分について簡単に申し述べる。
保健診療的疾患名
(1)結核 (2)高血圧 (3)糖尿病 (4)肝臓病 (5)腎臓病
(6)心臓病 (7)血液病 (8)体液病 (9)胃腸潰瘍 (10)癌
(11)寄生虫症 (12)副鼻蓄膿 (13)トラコーマ (14)歯槽膿漏 (15)う歯
(16)性病 (17)脊椎病 (18)ノイローゼ (19)精神病 (20)虚弱
1)結核 結核は保健診療疾患のうちで最も重要な疾患である。結核によってはじめて保健管理の理論と実践が生まれたといっても決して過言ではない。京大学生の結核管理は昭和14年以来約20年間行なわれているが、職員は昭和24年より、約10年間に過ぎない。しかし興味ある一点はこれ等学生と職員の管理経過は甚だ相似していて、またその結核患者の%など全くよく一致していることである。かつそれは本学のみの問題ではなく、保健管理のよく行なわれている会社や他の官庁などの管理経過成績とも不思議に相似している点である。すなわちこれは結核管理の科学的真理性を証明していると思われる。
結核の保健診療上、甚だ大切なことは、ツ反応陽転者のヒドラジッドの予防的服用である。当所で、昭和28年以来、これを行なった者の中からは新発病は全然出ていないのである。このことは保健診療の予防的価値を立証しているものとしてまことに重要である。
2)高血圧症 昭和26年以来、わが国の死亡疾患の第1位は、頭蓋内血管の損傷と言う疾患であるが、その最も重要な原因となる高血圧の管理は現在各所で実施されているが、私がはじめてこれを行なった昭和25年には、まだほとんど何所でも行なわれていなかったのである。
はじめ、満40歳以上の職員全部に対して血圧を測定し、それを教官系、事務系、作業系とわかって、その後の経過をみたのであるが、その結果、最高血圧180粍水銀柱以上を示すいわゆる要治療者の数は教官系では年々次第に減少し、事務系は不変、作業系は増加を示している。これは教官系は保健診療に対して協力的であり、作業系の人々はこれに対する理解の乏しいことによるものと考えられる。しかしこれの血圧管理は少なくとも脳出血を予防しているもののようで、この管理を行なって以来9年間にただの7名が脳出血で死亡したに過ぎず、全国平均率と管理以前の発病率から推察して、40〜27名は死亡すべき筈であるから、これはかなり、脳出血予防を行なっているものと考えられる。
3)糖尿病 この糖尿病は臨床医学上の真正糖尿病の意味ではなく、その尿が糖反応陽性を示す者のことである。これは一般に老人に多く、若年者に少ないように考えられているが、決してそうではなく、若い職員や学生の中にも多数発見されているのである。特に高校や中学校の生徒にも割合に多く、これ等全部が老後、真正糖尿病に移行するのではないが、その中の何%かは移行することは明瞭で、糖負荷標準法により本病の精密検査を行なった結果、真正糖尿病に近いいわゆる糖尿病前症ともいうべきものが相当多く発見されたのである。すなわち、これ等の人々に保健診療を行なうことによって、老後の糖尿病を少なからず予防できると確信しているものである。
4)その他 肝臓病、腎臓病、血液病、副鼻蓄膿、歯槽膿漏、脊椎病、ノイローゼなどについても、同様に早期発見により保健診療を行ない、相当な効果のあることを報告したい。
5.結語
以上私は京都大学職員における、普通診療の疾患とともに、保健診療の面からみた種々な疾患について申し述べた。この保健診療とは要するに、一見健康にみえる人々を検査し、その中に疾病異常の萌芽を見付け、これを処置することであり、従来の臨床医学的な普通診療と異なり、予防医学的立場をとるものである。そしてそれは医学に新しい分野を開拓しているものと考えられる。同時にこれが学校保健の今後のあり方の一つを指示していると思うのである。学校においては、学生生徒の保健管理はかなり重視されているが、同様に職員みずからの保健も十分留意される必要がある。上述のように学生も職員もいなすべての人々は、精密な健康診断を行なえば、ほとんど全部が有疾者もしくは潜在性疾患者であることは明白な事実である。これを発病、増悪しないよう努力することが保健の最も重要な課題の一つであろう。この考えの上に立って、保健を熟慮されるならば、学校保健の前途は実に洋々たる希望に満ちたものであると信ずるものである。
――第6回日本学校保健学会総会抄録集I 演説要旨より――
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